魂の入った政治活動を!
平成15年4月の初当選以来、5年経過し、政治家のはしくれに加えてさせて頂き、「誰もが幸せに暮らせる地域づくり」を目指し、命懸けで仕事に邁進して参りました。
ここに、皆様方の日頃のご支援に心より感謝申し上げます。
立山連峰の恵みを受け、のどかな田園風景や、快適な都市基盤の整った市街地を有した富山市は、まさしく日本の地方都市の縮図として誇れるまちであると確信をしております。
ただ、本市も人口減少傾向に拍車がかかっており、地域内の格差も指摘されつつあり、既存の価値観を見つめ直し改革・改善を通じた活力ある地域づくりにしっかりとした目標を持った取り組みが不可欠であろうと考えます。
そこで今こそ、地域住民から選んでいただいた政治家がしっかり信念を持った活動・魂の入った活動をしていかねばなりません。
地方自治体を取り巻く財政状況、食糧問題、環境対策、医師不足や少子化対策など取り組みを誤ると将来の世代に大きなツケを残しかねません。
ここで一例をご紹介します。
江戸時代も末期になると、経済活動が活発になり、幕藩体制当初に想定した、藩を基本単位とする自給自足経済は崩れ、藩境を越えての経済活動が活発に行われるようになりました。その結果、豊かな藩と貧しい藩、発展する地域と衰退していく地域等、いわゆる地域間格差が拡大したと言われております。そして、その格差の限界を超えた結果として、日本各地で農民一揆が起こるなど、不穏な社会状勢が生み出されました。
二宮金次郎像で有名な二宮尊徳が生まれたのは、1787年。明治維新から遡れば約80年前です。まさに様々な社会矛盾の嵐の中に生を受け、生涯を生きました。
尊徳は貧しさの中で働きながら勉学に励んだ少年時代がよく知られていますが、彼の生涯の偉業とは先に述べた時代の中で、疲労し、困窮を極めた多くの村々を、次々に救済していったことであります。その数は弟子たちの仕事も含めて605ヶ村に及んだと言われています。
しかも、人々の心を耕すことを重視する「仕法」という人間教育を通した農村復興法で、偉業を成し遂げた人で、その教えは「報徳教」と呼ばれ、江戸末期以降、全国に広がったと言われております。
今の、日本も様々な問題が顕在化してきた混迷の時代ではないでしょうか。この二宮尊徳翁の考え方や取り組みに学ぶべきことは多いのではないでしょうか。
国政では、ガソリン税の暫定税率の取り扱いをめぐり、野党は政争の具として立ち回り、与党は受けて立ち、押し返すほどの明確で国民に響くメッセージを発しきれていません。
今一度、政治の原点は国民であるという原点に立ち戻り、建設的な議論を行っていただきたいものです。
本市は、公共交通の活性化を通じたコンパクトなまちづくりを目標に掲げ市政を推進しております。私自身、行政のチェック機能をしっかり発揮し、尊徳翁の軌跡に学び、明るい未来を展望した「坂の上の雲」と基本姿勢である「足元の一歩」の努力を怠らず、これからも命懸けで活動に精進してまいります。
何卒、ご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。
なお、この度の議会人事変更により、新年度より、建設委員会委員、富山市農業委員、富山市都市計画審議会委員に就任いたしました。